ぱるるの教育批評

教育、受験、学校その他あれこれ

自分を見せたいのはみんな同じ。教員の執念、テレビタレントの害悪。スマホをピコピコ。

夏休みは、子供は学校に行かない。ならば、こちらから出向いてやる、とばかりに、「学級だより」のプリントを、夏休み中、毎朝、届けてくる教員がいた。雨の日も風の日も、自転車で学級の子供たち全員の家のポストに投函してくる。その執念恐るべし。肝心の…

高校教員が人材不足。そこの君、大手企業や銀行や商社を蹴って、高校教員になってくれないか。

人は常に批判にさらされていなければ、だめになる存在である。権力は必ず腐敗するというが、自分に酔ってやがて腐るのは、何も政治家や独裁者ばかりではない。並の教員も、並以上または以下の教員も、第三者からの厳しいチェックが入らなければ、向上しない…

お粗末な大学教員は、学生に唾を吐いて意地悪をする。日本の学生は、過激志向と無縁な、良い子たちである。

欧州や米国のように、日本にも、若い世代に過激志向が広まっている。というのは、真っ赤な嘘で、日本の若者は、過激思考を志向しない。これは、良いことか。然り、極めて望ましく良いことである。現状への不平不満の鬱積とその爆発とが、過激化の栄養である…

高校教員の授業が、お粗末すぎる。大学教員は、授業ができない。公開しなければ、先は地獄のみ。

高校の授業は、小中学校のそれに比べると、お粗末である。高校教員は、「授業」を知らない者が多い。子供の習得能力を無視して、自分流と言えば恰好がいいが、つまりは教員としての授業力が全然身についていない。これは結局、当該教員の授業の細かい点を、…

ニュースコメンテーターや政治教育等評論家は、卑しいテレビ芸人である。マスコミを妄信する国民には、そのレベルの指導者がお似合い。

市民なりの政治、国民なりの指導者、という言葉がある。政治家を批判し政府を非難し、為政者を馬鹿にしたつもりになっても、無駄である。あんな連中が議員であるのは、選挙民がそのレベルだからだ。議員も、国民のひとりである。国民以上の「政治家」がいる…

パンツを、はいていただけませんでしょうか。教員は素晴らしくローコストで、ハイリターン。

公営の温水プールで、こんなことを見た。日曜日の午後、プールの更衣室に、小学校高学年の男の子とその父親とが入ってきた。空いたロッカーは、少なかった。子供は、気が急いている。着替えるのが早い。父親は、壁ひとつ隔てた反対側のロッカーを見つけたら…

「読み書き計算」が学力の中身である。失敗ばかりする学習指導要領。

学校は、学力をつけるところであると、誰でもが思う。ところが、学力の中身が、今ひとつはっきりしない。学力とは何か。その人に身についた学習結果のことである。では、義務教育期間での、学習とは何か。段階的に基礎的知識を学ぶことである。すると、学力…

小学6年生の学級担任は、子供の人生を変える。「当たり」の教員を探して転校し続けても無駄である。

小学校の6年生の担任の影響は大きい。小学校に通う6年間のうち、6年生の時だけが特別ではない、と言えばわかりやすいだろうが、そうではない。1年生から5年生までどんなにひどい状況であっても、6年生の時の担任の力で、立ち直らせることできるからである。…

子供ごときに振り回されるな。荒れる中学校と元気のない教員。

学校に元気がない。特に中学校は落ち込んでいる。教員が自信を持って子どもに接していない。原因の一つは、学校の教育方針が揺れていることにある。本を正せば、教育に、芯がないからである。戦後、教育の芯がなくなり、その場その場で、ふわふわと流されて…

エリック・ロメール、友達の恋人。話さないことは、いないこと。論理教育と言葉。

読書力、と仮に名付けようか。自分の判断で良書を選び、読んで内容を理解できる、というほどのことである。漫画や流行本や、三日後には忘れられるような雑文の類は、良書とはいわない。十年二十年百年千年残る名文で綴られた本を良書という。ほとんどの教科…

ファカルティ・ディベロップメント、マネジメント、ごっこ遊びは、いい加減にしておけ。教員は、贔屓と馴染みと保身が大切。

あいつは憎めない奴だという。先輩上司から、何かしら目をかけられやすいタイプがいる。そこに「引き」が生まれ、贔屓が生まれる。贔屓は人の常である。贔屓されるような何ものかを自分が持っていなければ、他人にそれを見つけようとする。贔屓の種を探す努…

油断のならない保護者。力不足の教員は、淘汰されるか。担任教員への手紙。

以下は、児童の保護者が、担任教員へ出した手紙である。不勉強で教授技量の不足する教員たちは、淘汰されることになるかもしれない。 ーーーー前略いつもお世話になっています。さて、二三気づきがございますので、ご参考までに。五年生二学期ともなれば、小…

修学旅行中の子供の死亡。教員の責任はどうなる。入浴溺死と監督体制の問題。

テレビ新聞等のマスコミは、質の悪い商売である。次から次へと話題を探し回り、打ち上げては音の消えない前に、次の花火に点火する。さて、もうお忘れのことと思うが、広島の観光地のホテルで、修学旅行中の小学生が、入浴中に溺死するという事件があった。…

教員採用試験は楽勝でも、教員になるのは難しい。笑いのある授業。

「速度」が良い授業の条件だ、と以前に書いたと思うが、速度とともに必要なものは笑いである。授業には笑いがなければならない。この意味では、女性教員の過半数は問題だ(性差別ととってもらっては困る)。彼女らはまじめだが、それだけに四角四面で、笑い…

内容のない講演会ばかりである。教員だか芸人だか、職業不明の宣伝人に、賃銭払ってご満悦である。

学校の授業では、子供の発表が頻繁にある。自分で調べたことを、他の子供の前で発表する。国語や社会科が多い。題目はいくらでもある。プリントを自作したり、模造紙に大きく図を描いて示したりする。発表のために、調べたり、資料を作ったりする時間が、一…

At Your Own Risk。校門を閉じておけ。家庭には家庭の、学校には学校の事情がある。

At Your Own Risk自分の責任で、自分の判断で、どうぞご勝手に。ためになる言葉である。日本の教育に欠けているのはこの精神なのだ。「自己責任」という言葉が流行ったことがある。日本以外ではAt Your Own Risk が常識のようだが、おせっかいな日本の公教育…

不登校の原因は、いじめを放置する教員にある。子供の甘えにある。

不登校という現象は、かつてあったし、今もあるし、これからもあるだろう。不登校の子供がいた場合(学生の場合は、これは怠学と判断される。すでに18歳過ぎである。自分で責任をとるがいい)、以前までは妙に学校が恐縮して、さも申し訳なさそうな態度を…

学校への匿名の意見は、無視すること。親の不平不満のはけ口に過ぎないことが多い。

教員の指導について、学校に匿名の意見がよせられることがある。貴重な意見として、教育活動の向上のために、直すべきは直していけばいい。しかし、この匿名というのが、曲者である。教育上の意見またはクレームと、学校は重く受け止める傾向がある。しかし…

教員への暴力は許可。抵抗した教員は、体罰行為とされてしまう。

教員が、子供へ厳しい指導をする。それは、「体罰」とみなされる。教室内の学習規律を守らない児童生徒学生に対して、教員は平身低頭で、ご機嫌を取りつつ、お願いするしかない。授業中、子供が教員の背中を蹴ろうと殴ろうとナイフで刺そうと、なすがままに…

中国や朝鮮に媚びる教科書、無駄の多い授業。他学級を嫉妬しても、損するだけ。

中学校の歴史教科書の内容について、シナやコリアから、文句が出たことがあった。小学校の教科書については、どうなのか。今のところ、表立っては文句は出ていないようである。中国や南北朝鮮にとって、おおむね都合のよいことが書いてあるからだろう。 小学…

とんでもない運動会。「甘い関係」の教員と親と子供たち。

中学校(A校)の運動会(体育祭)に行った。いやはやとんでもない運動会だった。テントは本部席と称する中央の一つだけ、運動場には大きな円らしきものが、ぐにゃぐにゃの白線で引いてある。生徒達は甲高い放送部の女子生徒の声で、なんとなく集まったり走…

死ぬまで医者は医者。雇われ校長も、失敗策。 堂々巡りで、子供を迷わせる教育現場。

近頃の校長は変わっている。校内で、教職員が「校長」と呼ぶと、怒り出す。「○○校長先生」と呼ばないと機嫌が悪い。教頭も以下同文で、同僚教員が「○○教頭」と呼ぶと、ぷいと横を向く。「○○教頭先生」と言ってやらないと、気分を害するようなのである。これ…

日本の小中学校の教員は世界一、なはずなのに。文科省の失態と無理をする先生たち。

教員は、端から見るほど楽な仕事ではない。今どき、教職が楽だろうなんて誰も考えないだろうが、場合による。ある人にとっては苦しいだろうが、一部の人にとっては楽園でもある。教員は、お人好しで、世界が狭く、単純で、のぼせやすく、熱心で、かつナイー…

出張の無駄。大学付属学校の人気と、つまらない研究会。

日本には、大学が必要以上にありすぎる。各大学は、一つ一つ、商店であって、税金から膨大な金を配分されて、楽勝の日々である。こんな商売は、見たことがない。それにしても、商店には人気不人気があるはずなのに、そのオマケである、大学付属の高校、中、…

英語だって、馬鹿な。情報教育、外国語教育の愚かさと、手遅れ加減。

情報の収集や解釈や発信の方法論を、教育現場では、情報教育と呼んでいる。情報教育は、各学校の情報機器の設備と指導できる教員とが確保できれば、可能とされている。しかし、事実は違う。親が、子供専用のパソコンを買い与えることができるかどうかで、決…

社会科は不要な教科なのか。『はだしのゲン』閲覧制限撤回と、教委職員の度素人ぶり。

ずいぶん前のことになるが、ある席で、次のような意見を聞いた。~~~~~~~~~~~社会科なんて無駄な教科は、なくすに限る。先の戦争に負けて以来、図々しくも、教科の一つに、居座っている。いったい、社会科で、何を教えているのだろうか。あれは学…

担任の当たり外れは子供の一生を左右する。 授業参観は子供の発表会ではない。教員の腕の見せ所である。

子供は学校で学んで、学力が向上する。これは当然のようだが当然ではない。教員によって、子供の伸びが、ずいぶん違う。知人の二人の子供(4年生と6年生)を例とする。4年生の担任は、確固とした指導観を持っているようだ。子供たちに遠慮会釈なく学力向上の…

学校の掃除をするな。学校給食を、停止せよ。 教員は、躾に口出しをしてはいけない。

学校で教員が、「問題」の子どもを叱っても、無駄である。指導が入らない。何より、叱ることは悪いことだと、親は考えている。親の機嫌を損ねることを恐れて、びくびくしながら叱るのだから、教員には、迫力がない。子供は、教員を自分達のご機嫌を取る存在…

学校教育に群がるハイエナたち。ゆとり、総合的学習の大失策。

小学校低学年の「生活科」だの、「総合的学習」だの、みょうちきりんな、「お遊び」の時間が、授業とされている。実に嘆かわしいことである。以前は、学校の外で、子供が自然と身につけたことばかりだ。 家庭では難しいから、学校で、半ば強制的にやらせるの…

小中高校教員、大学教員の「実力」。荒れる学級や学校、仕事をしているふり。

学校教育には、無駄が多い。多すぎる。学習の伸びが、児童生徒に実感できていない。学校には、よい教材が少ない。よい教材をどうやって選択するかが、わかっていない。教える内容について、自信を持っていない。だから徹底して教えることがない。言葉遣い一…