ぱるるの教育批評

教育、受験、学校その他あれこれ (hatena部)

勉強ができると不安になる親。勉強しない子は、覚悟しておけ。能力・努力の差が、貧富を決める格差社会になる。

学級の学習の到達度を上げてしまうと、不快に思う親がいる。分かりやすく言えば、子供の学力を伸ばすと不安に思う親がいる。学級全体の子供の学力が上がって、良いことづくめのようだが、そうではないのである。他人の子供と同様に、我が子が伸びるかどうか…

学校は子豚の託児所なのか。学校給食が、子供の味覚を破壊した。

戦後、学校給食が始まって、学校は託児所と化した。食べることは、人間の基本である。その基本を学校が丸ごと面倒を見たものだから、各家庭は、学校に、我が子を丸投げしてかまわないと勘違いをした。食べることぐらい、家庭で面倒を見るべきである。それが…

学校は躾の道場にあらず。子供の品位は、親の躾、遺伝、環境で決まる。

学校は、学業を教えるところであって、躾をする場所ではない。「勉強は塾で、躾は学校で」と本気で信じている親がいる。性質(たち)の悪い冗談だろうと思っていたが、実際にたくさんいるのである。学校も学校で、「生活指導」という、わけのわからない名目…

大学教員の給与を7割減給せよ。快適な職業と収入の不均衡。

今時の二十代三十代は、雇用不安だとかで、正社員になれない、よい仕事がない、などという。しかしながら、仕事は探せば周りに転がっている。選り好みは、身勝手な我がままだと、言われるかもしれない。格好の良い仕事ばかりを夢見てるわけでもなかろうが、…

授業のやり方はNHKに学べ。NHK大好き、夏休み子ども電話相談室の素敵な言葉遣い。

教員の指導力を高める、とかで、各地で色々な「取り組み」がされているようだ。授業が上手と「評価」されている中学校教員の、実際の授業の一部を、N某局で放送していた。「子どもの注意をひきつける」のだそうで、まずセサミストリートの真似事をする。チョ…

親孝行な夏休みの過ごし方。汗をふきふき、自宅で勉強しろ。ゴミ本を捨てて、古典を読め。

また、夏休みがやってきた。「夏休み」ではあるが、子どもは忙しい。忙しいことは、悪いことではない。夏休みはとことん遊べ、と言えば、恰好はいいが、あれは嘘である。多くの子供にとっては、ほったらかしにされるだけのことである。本音では、子供は暇を…

子供の「安心安全」はあるのか。親が、子供の送り迎えをするしかない。

At Your Own Risk自分の責任に置いて、自分の判断で、どうぞご勝手に。ためになる言葉である。日本の教育に欠けているのはこの精神なのだ。「自己責任」という言葉がなんとなく流行ったが、多くの事例で、日本以外ではAt Your Own Risk である。 日本の公教…

教育の敵、マスコミは愚劣な扇動者、テレビは悪そのものである。

学校は、情熱の嵐ならぬ、饒舌の嵐である。無駄口ばかりたたく。子供が家庭に持って帰るプリントが多すぎる。何かと見れば、内容は各種団体のたわいもない宣伝である。保護者向けの「お知らせ」という形のプリントもある。「学校便り」に「学年便り」「学級…

力のない教員ばかり集まる学校。校長になりたがる連中ばかり。

指導力の不足する教員ばかりが、集まる学校がある。教育事務所の職員の中で、人事担当は、「管理指導主事」とかの大層な職名で呼ばれている。担当は、人事配置で、学校への関心が低かったり、世代交代のために教育に意識が薄れてきている地域の学校に、神経…

通学指導は、甘えの極致。心配なら車で送り迎えしろ。

学校は学校外の事ごとに関係してはいけない。家庭が甘える。行政が甘える。学校は校内の教育に専心すべきである。それしかできないはずである。授業で子どもの学力をつけるのが仕事で、それ以外は枝葉末節である。例えば、通学指導というものがある。通学は…

おせっかい教育は競争が嫌いである。子供は勝ち負けが大好きである。

今までの日本の教育は「おせっかい教育」である。または、甘ったれである。外聞屋である。事勿れ主義である。もちろん、「悪い事」はない方がいい。誰でも、無難に過ごしたい。しかし、無事な毎日は、これまでもなかったし、今もないし、これからもないので…

英会話は無駄である。英語を選択制にして、日本語を徹底せよ

日本人の英語力が低いというが、統計など持ち出さなくたって、我が身を振り返れば、すぐわかる。嫌々とはいえ、十年以上も学校で英語を学んできたはずなのに、会話はおろか、手紙はおろか、簡単な英語雑誌ひとつ、スラスラ読むことができない。それもそのは…

ミシュランの評価が嬉しくてたまらない。外国崇拝もいい加減にしないか。

日本人がやたら気にするPISAとは、OECDがやっている「国際学習到達度調査」のことをいう。到達度とか到達度評価、絶対評価なんて、現役の教員なら、馴染の言葉である。評価ごっこは、実に下らない「時間潰し」である。しかし、安上がりに子供を選別…

学校給食を、即時中止とする。学校はデイケアではない。あいさつ運動の無駄。

誰も言わないことだが、だからといって、このままで良いわけがない。学校給食は即時中止すべし。税金の無駄遣いも甚だしい。教育上も、好ましくないことが多すぎる。大量生産で、味わいのない、まずいものを、毎日食べさせて、子どもの味覚がおかしくなって…

多忙な教員が支える教育現場。やっぱり、お気楽な商売ですか。

教員には、能力不足の者はあっても、悪党は少ない。能力に関わらず、「管理職になりたいです」と、すぐに顔に出る。だったら、やらせてみようと、教頭、校長に任命すると、さあ、これがまったくどうにもこうにもならない。しかし、人事発令は教育委員会だか…

退学、留年、は歩留まりである。おだてて、甘やかせて、裏でニンマリ。

なんとか学校に入ったはいいが、学校が嫌になり、退学したり、退学させられたりする子供がいる。子供が中途で来なくなると、本人よりも、むしろ学校の評判を落とすことになってしまう。学校としては、最初から退学しそうな子どもを入学させたくない。特に、…

教員の「面当て自殺」、政治家やマスコミ人のペルソナのごとき。

同期生が、大臣として入閣した。そんなことが何度か続いた。「あんなやつが」と吐き捨てるように、知人は言うが、まあ、そんなに怒るな。かつての高校の級友は、今の本人ではない。人間は環境が作る。弱い精神にとって、これは事実であるし、ほとんどの人は…

先生には尊敬すべき者もいる。マスコミは本当の馬鹿である。

旅客来たりて嘆いて曰く。子供が、親の期待通りまたは予定通りに育たなかった、あるいは、思うように伸びなかった。だからといって、その原因または責任を、学校や教員に押し付けて良いものかどうか。そんなこと、並の神経の持ち主なら、すぐにわかりそうな…

男子高校生の女装、ミスコンと勉強。 平成の子供への期待。

先日、高校文化祭について、男子校での女装、ミスコンについて書いたのだが、「女装」「男の娘」という単語には、なにかしら、そわそわするものがあるようだ。高校生活の種々の出来事の中で、文化祭の中の一場面を記憶しているのが、不思議でもあるが、生徒…

お前の仕事をしろ。教員も政府もマスコミも、何者かを配慮し忖度し遠慮する。

新卒ほやほやの新米教員は置くとして、30代40代の、仕事に慣れたはずの教員も、やはり、保護者にびくびくして毎日を過ごすようである。その一例が、学年通信という代物で、よせばいいのに、毎月、きまりきったことを、プリントして配布する。もう、読んでは…

女装男子・男の娘のミスコンに見る高校文化祭のレベル

私立学校は翌年の入学希望者獲得の宣伝もかねて、文化祭を多く、秋に行う。一方、国公立高校は、大学入試の追い込みの関係から、ほとんど6月に文化祭を行う。高校の文化祭は、公立私立を問わず、この数年どんどんお粗末になり、レベルが落ちてきている。いっ…

学校選択制、「公立」の中高一貫校、両方とも失敗したのか。

公立小中学校の学校選択が自由になって、久しい。この制度は、十分に広がったのだろうか。選択制は強制ではなく、地域によって異なるし、一度選択制を採用したものの、元に戻す例もある。学校格差が出るだの、教職員の負担増加だの、選択の理由があいまいだ…

授業を妨害する子供と自信のない教員。楽しい授業、って素敵だよね。

学級内で、授業を妨害する生徒がいる。授業を妨害する生徒は、ほんの一部の生徒である。しかし、その悪質な数パーセントの生徒が、学級の雰囲気を決めてしまうことが多い。どんな学級であろうとも、効率的な教育活動が行われていないとしたら、責任は教員に…

国公立よりも私立の方が良いなんて、誰も言わない。どこに就職できたかで勝負が決まる。

十数年前のこと。例によって文科省が下手をして、全国の小中学生の学力を下げてしまった。内外からの批判に、文科省役人たちは真っ青になった。大慌てで、「世界トップレベルの学力を目指そう」などと、各県の教育長を集めて話した。自分でやっておいて、と…

国立大付属学校の「お受験は」良いことづくめ。勉強してもしなくても。

筑波大学付属小学校は、東京大学が本当の意味での名門かどうかはともかく、国立付属小の東大といわれるほどの「名門」なんだそうである。地下鉄茗荷谷駅の近くにある学校で、年に数回の研究発表会を開く。全国から熱心な先生方が集まって、授業を「参観」す…

運動会、体育祭は無駄である。地域サービスの演芸会は止めるがいい。

運動会は無駄である。 運動会というイベントがある。軍国主義とやらが大嫌いらしいそぶりを見せる「教員組合」も、不思議と運動会だけは賛成であった。ただの賛成なら、可愛げもあるが、競争のある運動会は駄目で、競争のない運動会なら、いいのだそうである…

子供にお願いする教員。ご丁寧言葉で、みんながハッピー。泣く子と一票には勝てないもの。

どう考えても、近頃の公立学校の教員の、児童生徒への言葉遣いは異常である。授業を参観してみると、聞くに堪えない。子供に教科書を読ませる。たった三行でも読み終えたら、すかさず教員が、「読んでくれてありがとう」。子供が挙手したら「ありがとう。が…

教員は使い捨てでいいのか。医者に似て、教員も円熟する仕事である。

教員は、円熟する仕事なのだろうか。円熟できることもあれば、使い捨てになることもある。円熟しやすいのは、大学院や大学などの高等教育機関に勤める教員である。円熟しにくいのは、小学校などの初等教育機関に勤める教員である。なぜ円熟しにくいかといえ…

就活は楽勝でも、苦労する企業。安定の教職員。収入と人間関係で「人生」が変わる。

そこそこ名の知れた大学を出れば、まあまあの就職先が見つかるなんてことは、昔はどうだか知らないが、今はない。エクセルやワードの検定1級は当然で、持っていないと話にならない。パソコンでゲームばかりやっていたのか、と面接で詰問される。英語は、検…

叱らない教員、いい加減な「心の教育」と、転落事故の関係。

人間は環境の動物であるという。確かに、子供は環境の動物である。雨が降れば、教室でじっとしているべきなのに、そうではない。ばたばたと落ち着かずに校舎で走り回って遊んで、そのあげく、子供同士がぶつかって頭から血を出して、泣き叫ぶ。それを大人(…

小学校教員が本当の先生。大学教員は穀潰し。東京大学は残念すぎる学校。

わたしは大学教員を毛嫌いしているようだが、大学教員すべてが無能だと言っているわけでは、もちろんない。ごくごくまれにだが、大学にも有能な教員がいるだろうし、大学のすべてが不要だとは思わない。大学は必要な組織では、ある。教員は小学校教員が一番…

アメリカ様の後追いだけが人生だ。白人万歳。マスコミ、文科省、そして私たち。

親の小言と冷や酒は後で効く、という。ところが、近頃の親は、小言を言わない。あれは愚痴であって、子どもに向かって小言をしようにも、その自信がない。何かを諫めるには、物事の判断基準が、諫める人に備わっていなければならないのだが、そもそも基準に…

幸せは、遅くまで職場に残ること。人間関係が不幸の始まり。能力並みの仕事をすること。

職場の人間関係が、すべての不幸の始まりである。人間関係が、物事を難しくするのは、家庭や企業だけではない。学校は、人間相手の仕事の典型の一つだが、問題が起こりがちなのは、教員と児童生徒学生との間にではない。その親なんかでは、もちろんない。教…

文科省のいい加減さと、地方教育委員会の指導主事殿の「権威」

多くの都道府県では、教育事務所の職員として、教員から採るときに、40代30代よりも、20代を選ぶ比率がうんと高くなってきた。その傾向が目立ってきたのが、お粗末な学習指導要領の改定時期とぴったり重なるから不思議である。文部省は、文科省(文部…

国語教科書は汚物の塊。生存する売文屋の文章なんか、載せるな。

近頃バスに乗ることが多い。沿線に大学がいくつもあるので、学生が乗り込んでくる。他の客への迷惑など、お構いなしに、学生同士で大声で馬鹿話をする。それは勝手だが、その言葉遣いが聞くに耐えない。内容が幼稚で破廉恥なことは大目に見るにしても、話し…

大学は、私立も国立も、粗製乱造。教員のお仕事は、ますます楽勝となる。

進学を考える親子が、一度は悩む問題がある。大学は国公立がいいのか、それとも私立大学なのか。一体、どちらがお得なのだろう。答えはない。国公立は月謝が安いが、私立は高い、というのも、大した差ではない。所詮、たった4年間である。小学1年から高校3年…

子供は、教員の奴隷である。入学以来、周りを見て育つ小学生。

子供たちは、小学校に入学すると、さっそく担任から、ああしなさいこうしなさいと、命令される。それは、仕方のないことである。子供たちは、個性の塊と言うよりは、我がまま勝手な暴君の集まりである。担任は一人で、手強い彼らを相手にしなければならない…

新校舎建設ラッシュ。NHKと教育ビジネス。子育ては最低の投資である。

子供の数は減りつつあるのに、あちらでもこちらでも学校をどんどんつくっている。学校の数が増えているばかりか、今現在の学校規模を拡大している。競って、校舎の新築増築、新学部学科の増設である。傍から見ていて、気味が悪い。どうせ、ろくな教育も研究…

不幸な教員と子供たち。本物の授業の体験を持ったことがなければ、わからない。

不思議なことに、熱心に授業をし、児童生徒に学力を本気でつけようとする教員は、一部の保護者や教員から陰に日向に非難される傾向がある。「遅れがちの子どもに目が向いていない」とか、「学校全体の授業進度を無視する」とか、「学習成績で子どもを見るの…

授業で嘘八百。アクティブ・ラーニング、ポスターセッション、調べ学習。

アクティブラーニングなるものが流行っていて、大学から小学校まで大騒ぎである。「経験から学ぶ」なんて、美辞麗句を連ねても、なーに、不勉強な生徒や学生に、なんとか勉強していただこうという魂胆である。勉強しない奴は放っておけばいい、後の人生で後…

日本人は、英語を話す使用人。英会話は時間の無駄なのか。

小学校の英語学習は百害あって一利もない。「偽毛唐」の真似事になるだけである。なるほど、英米語は、世界で大きな顔をしている。だからといって、世界中がアメリカ語を話す必要はない。話せるわけがない。まして日本語だけで、十分に話が通じる日本ではな…

危険な子供は、学校から排除しろ。躾不足の子は、大人の会合から締め出そう。

授業中、そわそわいらいらと、落ち着きのない学級がある。授業では猫を被って、休憩中や放課後に悪さが目立つ学級がある。問題行動の多い学級ばかりの学校がある。問題の学校、問題の地域、と裏では呼ばれている。日本では、子供を本来的に善とみる。子供は…

公立の教員と私立の教員、大学の教員、どちらが腐りやすいか。

一般に、私立学校の教員は、教育の技が「腐る」ことが多い。理由は簡単で、競争がないからである。私立学校の児童生徒学生は、競争の結果、ようやく入学できたから、まだ勉学への意欲が少しは残っている。月謝分の知識は得ようとするし、高校生ならば、然る…

百ます計算、日本国憲法の暗唱、NHKテレビ戦略、笑う教育産業、国語教科書は駄文。

ずいぶん以前に、百マス計算だとかで、テレビが騒いだことがあった。すぐに、新聞雑誌、挙げ句にはこの機に乗じて一儲をねらった出版社まで巻き込んで、もともと昔からあった反復習熟学習を、ことさらに新しい教育方法のように喧伝した。テレビで紹介された…

ハリーポッターよりも江戸川乱歩を読め。古い新書は、漫画本の代わりになる。

教養というと、なんだか高尚な感じが、少しはある。辞書にも「単なる学殖・多識とは異なり」云々と、書いてある。しかし、もっと手近なところで考えよう。教養も、読書なしではその土台がない。ならば、教養とは読書のことでもある。かつて十数人の教育系大…

日本を滅ぼす「ゆとり教育」。知識の「詰め込み」こそが、教育の本道である。

ゆとり教育の推進者は、日本政府、文科省(文部省)、マスコミ全般、利に連動する大学関係者の類だった。当時は、ゆとり教育に、だれもが諸手を挙げて、賛成した。反対しようものなら、村八分にして、アカポスにつけないようにしたり、マスコミ媒体から締め…

授業の目的は何か。教員の評価はどうする。グローバルでアクティブな社会なんてね。

学校で、毎日行われている授業の目的は、子どもの知性を育て、高めることにある。実際には、全然理解されていない。子供にではなく、教員に理解されていないのだ。知性を鍛えられているという実感を、子ども自身が持てるような授業である。授業前と授業後で…

AKB48「願いごとの持ち腐れ」ミュージックビデオは、いかがなものか。

昨日、偶然に、AKB48の新曲、「願いごとの持ち腐れ」のミュージックビデオを見た。この曲がいつごろから流れているかは知らない。だが、一見して、この音楽ビデオは危険だと感じた。設定は、廃校となる公立小学校での色々であるが、そもそも、この場所や話は…

教育の国家統制は、アメリカのための、文科省による、地方行政職の制度なのか。

学校教育を、国家が一元的にコントロールするのではなく、地方に任せる方がいいという意見がある。教育の国家統制とはいえ、それほど強いものではない。どうせ、役所仕事である。地方地方というが、地方もけっこう頼りないのである。教員上がりの行政職が、…

高校の授業料が無料なら、大学も授業料無償化が筋である。大学は大規模遊園地だって。

高校の授業料が無料またはそれに類似したものになって、久しい。教育には、金がかかる。教育の機会均等の名目で、「すべて国民は、ひとしく、その能力に応ずる教育を受ける機会を与えられなければ」ならない、と定めている。だったら、義務教育ではないけれ…