読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ぱるるの教育批評

教育、受験、学校その他あれこれ (サブ倉庫)

学生サービスが悪すぎる都内の「有名」私立大。教職員には最高、学生には最低の待遇。

日本の各大学は、少子化に伴う学生数の減少と、大学そのものの価値とが問われるようになり、今後ますます経営が厳しくなる。数少ない消費者であり、購買層である新入学生の獲得のために、競争しなければならない。地方大学の多くは、いち早く経営を見直して…

アクティブ・ラーニングは、文科省と大学やマスコミの猿知恵。売ったもの勝ち、書店もニンマリ。

新入学、新年度、新学期を目前にして、案の定というべきだろうか。書店では、アクティブラーニングごっこで、大忙しである。ついでに、騎士団長何とかで、これまた、売ったもの勝ちの、大宣伝である。どうにもこうにも、書店の先行きは暗い。暗くて構わない…

公立の名門高校が一番お得である。落ち目の私立高校は、大損となるかも。

公立の名門高校が、中学生にとって、お得な進学先と言えようが、希望の公立高校に入ろうにも、受験させてもらえなければ、話が進まない。各中学校は、中学生の普段の成績も加味したうえで、子供本人の希望よりも、進路指導担当の意向で、ほとんどの進学先を…

家庭内暴力、不登校、ひきこもり。原因は何か、解決策はあるのか。

家庭内暴力とひきこもりと不登校は、一セットである。その原因は、子供が学校で不具合を生じているからである。どのような不具合かといえば、当該本人の居場所が教室の中にない。学校にいても、自分が、常に疎外され無視され、全然楽しくないのである。そこ…

名門高校、見る影もなし。進学実績は教員の熱意の証明である。

都立高校には、名門と言われた高校があった。なぜ名門校と呼ばれるのか。進学先と、卒業生の業績らしきものとの、ためである。例えば、都立では、日比谷、国立、西、戸山などの、高校である。各県には、県立や市立の、公立名門高校がある。さて、かつての名…

アクティブ・ラーニングは、ごまかしなのか。言葉だけで中身のない指導要領は無駄である。

他の省庁に比べて、文科省のつらいところは、何かをやっているふりをしなければならないことである。本来は暇を持て余して、あってもなくてもいいような部所である。しかし、極楽な毎日でも、文科省職員に給与は払われているのだから、やっぱり何かをしてい…

なんのための大学生活だったのか。学生の就活は、売り手市場らしい。

教育に金が絡むとろくなことがない。それはそうだが、わが子の教育に金の糸目をつけないのも、親心である。それにつけこむ商売人の根性が憎いのである。しかし、人心につけこむのが商売の常道であるならば、これもまた人の道である。憎んで何になるだろう。…

他人から説教される快感。金が解決するわが子の教育、は素敵だ。

教育に金が絡むと、ろくなことにならない。つくづく、私たちは、お説教が大好きである。説教するのが好きで、説教されるのも、大好きなのである。自分が一番詳しいはずの、わが子の教育にまで、多くの他人から、説教されたくてたまらない。他人は、そこに損…

校内マラソン大会で高校生死亡。体調無視で長距離を走らせるなんて、過失致死または故意殺ではないのか。

ほとんどの高校では、この寒空に、「校内マラソン大会」を実施して、無理やり子供を走らせる。校内でする場合もあるが、多くは近隣の大規模公園や公共の競技施設等で行う。2月はそのピークで、日時と場所によっては、数校が重なることもある。日本の高校教員…

国公立大学と私立大学の入試日程を同じにせよ。無能な大学教員を養うための詐欺は、迷惑である。

国公立大学の入試日程は、不自然なほど、後にずれ込んでいる。なぜ2月までに、すべてを終わらせて、合格発表をしないのか。高校在校生は大いに、迷惑している。3月は落ち着いて、高校生活を振り返らせたい。みんな揃って、最終のまとめの授業を受けさせたい…

小中学校の教員は、苦労する。JK人気の高校教員は、採用が少ない。粘って大学教員を狙う子供もいる。

教員になりたいという子供が多い。その場合、相手が幼いことを理由に、安直に小学校教員を志望する子供がいる。話が近いから、中学教員がいい、と言う子供もいる。とんでもなく危険である。小中学校は義務教育で、学校が多い。だから教員の採用数も多いだろ…

子育てに不安な親と、それに群がる商売人の群れ。他人の言動に頼る心理は、日本の国民性であるのか。

自分の子育てに、不安を持った経験のない親は、いないだろう。どんなに「良い子」でも、妙に変になる時期がある。 学校では、わが子はどうしているだろう。 子供の成長は、教員によって大きく変わる。成長させてくれる教員は「大当たり」である。それほどで…

芸大の学生は幸せいっぱい。芸術学部は好きなことができる。作品の質はともかく。

某大学芸術学部の卒業制作展覧会に行った。 どうにもこうにも、頭が痛い。 日本画は指導教官がそれなりの人なので、指導が厳しかったのだろう。子供の作品も、まあ見ることができた。 洋画は、ひどいのがあったが、多くは我慢をした。 彫塑は、なっていない…

高校教員の授業は、お粗末すぎる。研究授業のレベルに達していない。ぱるるの授業批評14

授業批評は、高校では、難しい。どこが難しいかと言えば、授業が、そもそも批評するレベルに達していない。 高校では、厳密には公開研究授業はない。たまにあるのは、あれは教科ごとの授業研である。同じ教科の教員と、校長あたりが数人来て、お茶をにごす。…

スポーツが得意な高校生は、低学力でも入試に勝てる。大学は宣伝のためなら、なんでもあり。。

大学はどこもかしこも経営難である。 「偏差値が55以下ともなると、大学というよりはレジャーランド、暇つぶし、学士を得るための免許センターのようだ」、入試情報に詳しい人の言である。 偏差値云々よりも、大学は、高い費用を払ってまで行く価値があるも…

まとまな音読をさせない国語の授業。研究会は、教員たちのグループ療法であるのか。

今は流行らないが、二物衝突というか、子供の判断を試すような授業が盛んだった時期がある。道徳でもなければ、国語でもない。社会でもないし、倫理か何かのつもりだったのだろうか。 景気が良くて、とりあえず大きな心配がなくなると、どういうわけか教育に…

学業優秀の小学生。公立中学校のいじめ。進学先を、慎重に選びなさい。

もう以前の話になる。 某市某小学校に、Qという男性教員がいて、高学年を多く担当した。毎年のように、Qの学級の子供の半数近くが、国大付属中や有名私立中に合格する。 なぜかというに、子供を鍛えること尋常ではない。規定の教材を効率的に仕上げると、…

第一志望の私立中学入試に落たら、公立中学へ行くのが吉かも。

かつて、小学校から中学へあがるとき、公立中学では不安だという声が多かった。 いじめの蔓延、中学教員が思想的に偏向していること、学力が十分につかないこと、などの理由からだった。 しかし、近年、そういう親は少ない。平気の平左で公立に行かせる。そ…

小論文問題も笑って解ける。入試問題作成、ご苦労様である。読書量と質。

中高一貫学校の入試問題は中学の教員が、高校の入試問題は高校教員が、大学入試問題は大学教員が作成する(ことがほとんどである)。 次年度の入試問題作成担当に決まった教員は、校務分掌を外される、または著しく少なくなる。問題作成に没頭させるためであ…

教員の自殺は大損だ、復讐にもならない。自分自身を大切にしてくれ。

働き盛りの人が、多く自殺をする。 教員の自殺率は高いか低いかは、よくわからない。おそらく、他業種に比べて、自殺者が多いほうではないのか。 内閣府の「平成27年中における自殺の状況」(平成28年3月18日)を見ても、職業別に詳しく分けていないので、教…

おしゃべりよりも、式で説明させろ。ノートの徹底と、教員の「待つ余裕」。ぱるるの授業批評13

授業批評13 乗法の交換法則の理解 3つの数値で。 教科書と同じ問題を、そのまま板書したことは、子供を集中させる方策としてはある。しかし、冗長ではある。 問題文から「わかっていること、わからないこと」を確認する。 問題文にある内容が、つまりはわか…

授業技術と子供の成長。教員の知的向上心が、モノをいう。ぱるるの授業批評12

授業批評12 この課題の場合、言葉の説明だけでは不足だ。ビジュアルな例示があったほうがいい。 具体的な提示物・・ただし、言葉の訓練という意味では、指導者のことばをきいて、そこから作業をすすめるという方法もあるだろう。 子供「意味がわからない」「…

授業は、一種の技術でもある。成長する教員、停滞する教員。ぱるるの授業批評11

授業批評11 子供の発言が活発で、全体的に生き生きしていることは良。 指導者は、いつも静かに答えるようにする。大声を出さない。 漢字の学習では、できた子供から前に持ってこさせたほうがいい。チェックのために、子供に手を挙げさせると、数人同時に手を…

女子学生に手を出して、自殺に追いやる大学教員。教員の「見立て」の大切さ。

能天気な高校教員や遊び半分の大学教員は論外とする。 ここで言いたいのは、義務教育期の教員である。小学校中学校の先生である。 高校大学の教員と、小中学校の教員との大きな違いは、子供の発信する兆候を見逃してはならない責務があることである。 教員の…

公開研究授業の心得。子供だけでなく、参観の教員らにも、わからせてやるがいい。ぱるるの授業批評10

授業批評10 ○カタカナの学習 カタカナで短文をつくる プリント配布する。本・教科書をみてもよい。 子供がこれから何をするのかを、子ども自身に気づかせる。 指導者からの指示・説明がはつきりしていることが良。 その結果、子供からの質問が明確になる。 …

マスコミ関係者の教養のなさ、問題意識の薄さ、自己欺瞞、軽率、痴呆の理由は、まさか、学校教育にあるのか?

常々疑問に思うことがある。 日本のマスコミ関係者の、度を越した教養のなさ、意気地のなさは、いったい、なぜなのだろうか。 私たちは、ネットや他の媒体を通じて、世界のマスコミを目にすることができる。 公開情報には真実が少ない、虚偽がある、操作され…

できない坊主を授業の中心にしたらダメだ。かっこうはいいが、現実的ではない。ぱるるの授業批評9

授業批評9 子供が、指導者の指示をすぐに理解し、行動に移すことができた。指示が明確である。 引き算の筆算。 学習姿勢を確認したのはいい。グループごとの確認は、時間をとるものだが、このくらいなら許容と思う。 繰り下がりなどの提示が、わかりやすくで…

何事も大事は細部に宿る。いちいち言わなければ、わからないことがある。ぱるるの授業批評8

授業批評8 授業開始で、係の子供が前に出ると、そのまま静かになる。とてもよい学級規律だ。 このように、遊び時間と学習時間との、けじめをつけることが大切だ。 単元名を板書したのも良。近頃は書かない教員も多いのだが、簡単にでも書いておくと子供の腑…

プリントに頼った授業は邪道である。教科書とノートで勝負せよ。ぱるるの授業批評7

授業批評7 指導者「花がどういうときに、どうなるかについて勉強しましょう」 時間の移り変わりがわかるところに線を引く。 「夕方日がかげると」と答えたことは、いい。 春の晴れた日に・・・・この例示がよかつたので、すぐに日がかげる・・日差しが弱くな…

センター入試終わって、白熱する進路指導会議。選別もまた楽し。

センター試験が終わって、多くの高校では「進路指導会議」で忙しい。 センター試験の結果をにらみつつ、あの子はどこがいい、この子ならどこに行ける、なんて卵のSMLの仕分けではあるまいに、選りわけて安心する。 最終受験校を押しつけられても、生徒は、不…

教員のステレオタイプな思い込み授業。説明文指導は、まず読ませる。ぱるるの授業批評6

授業批評6 教科書を開かせずに題名で、内容を予想させた。 指導者「どんなことが書いてあるんだろう」 題名から予想させる意図は何か? 興味付け? 次に○ページの扉の写真から内容を想像させる意図は? 指導者「興味をはっきりさせることにつながるから。どん…

教科によって給与に上下あり。高校の国語教員100、音楽美術は50でよいのか。

教員は、小学校はともかく、中学高校大学は教員各々の専門と称して、特定の教科を教えることが通常である。教科担任制という。 「教える仕事内容」は、教科によって、難易度が違う。 大学入試と同じことで、医学部理工学部等は入学難易度が高い。文学部教育…

教員がおしゃべりしすぎ。子供の知的作業を待ってやることも、授業だ。ぱるるの授業批評5

授業批評5 指導者が発言しすぎかもしれない。 ノートに書かせる場合は、書く時間をとること。 その間は、指導者は次々と発言しない。授業での沈黙に耐えること。 特に、大勢の参観者のいる公開研究授業では、静かな状況に指導者自身が耐えきれなくなり、話し…

ノートに書かせ、前でやらせる。実際に手を動かすことが必要だ。ぱるるの授業批評4

授業批評4 単元を板書した方が良い。 指導者「1分間とはどういうことですか」 子供「時計の・・、待つ時に・・、長い針が・・」 発問が児童任せになってしまっている。 問いは、子供が迷わないように、具体的に限定して問うこと。 問題を指定する場合は、ペ…

とかく授業はやっかいなもの。子供の作業と教員の説明のバランス。ぱるるの授業批評3

授業批評3 色分けの仕方は基準の提示が必要だ。 店や工場の多いところ、等。 子供の反応が少ないので、指導者が反応して、5つに分けた。 店の多いところは地図では何色・・・子供の挙手を促す。 田畑 、工場 、 森林 、 住宅 、 指導者「店の多いところって…

子供が読みとると言ったって、それってどういうこと。ぱるるの授業批評2

授業批評 2 国語 説明文 音読 班ごと(3~ 4人)の音読 一人で読むときと複数で読むときの差がありすぎだ。全体で読む練習が要る。 指導者が読んでるとき私語している子供が数人いたが、自然とすぐに静かになつた、とてもいい。 腹から声を出す。ゆつくり目に…

ぱるるの教育批評は、授業批評でもある。厳しい指摘が、結果として子供のためになる。ぱるるの授業批評1

教育批評は、授業批評でもある。 多くの授業を見てきた。 授業後の検討会等で、色々と気付きを述べた。 いつどこで、何を言ったかを、ほとんど覚えていない。 メモの類も散逸した。手元に残っていた数枚の雑記をもとに、記憶をたどりながら、書いていこう。 …

まっとうな教員の悩みは、子供を押して引っ張り続けること。お疲れ様である。

まっとうな教員ならば、四六時中、授業のことが頭を離れないはずである。授業について、悩むはずである。 子供の意欲をひきだすことと、持続させることとを考えているはずである。 たとえば、小学校での視聴覚で、パソコンの操作方法を教えるとき、何分また…

自己表現したいのは、みんな同じ。教員の執念、スマホの害悪。

夏休みは、子供は学校に行かない。ならば、こちらから行ってやる、とばかりに、「学級だより」のプリントを、毎日届けてくる教員がいた。雨の日も風の日も、自転車で学級全員の自宅まで届けてくる。その執念恐るべし。 肝心の学級だよりの内容は、どうでもい…

その場にいない人の悪口と、好調会と狂頭会。人はいつまでも子供である。

人は、その場にいない人の悪口を言うのが、無上の楽しみなのか、教員は、他ならぬ教員の悪口を言う。保護者の悪口は絶対に言わない。 校長会では、みんなで酒を飲みながら、人事を含めて人物批評する。次年度の教科の人材の情報を得るためならまだしも、その…

教員の子供は勉強がよくできる。良い噂しか流れぬものである。

いつも他人の子供の面倒を見ている教員も、人の子であり、人の親である。 子供を持てば、他人の子供と比較する。教員は、この傾向が強い。 他人の子供、中でもとびきり出来の良い子供と、自分の子供とを比較する。声には出さないが、内心で比べて、喜んだり…

問題の子供は、極悪人なのか。ひとり一人は良い子、って現実を見てから言え。

子供は、ひとり一人は素直でよい子である、などと言う。 そんなこと当たり前である。十代でも極悪人はいるかもしれないが、いるにしても稀であるし、子供の犯罪なんて、今のところ、たかが知れている。身体に爆弾を巻きつけてゲームセンターやコンビニで自爆…

学校は危険がいっぱい。精神障害を疑うほどの荒れた子供。

子供が荒れるのは、すべて理由があるが、その荒れがあまりにひどい時は、精神障害の可能性がある。 しかし、親は学校の指摘を、信じないし信じたくないから、然るべき機関の診断を受けさせない。 学校は、教室で「軽い傷害事件」があるくらいでは、驚くべき…

荒れた学校でがんばる教員。現代教育の指導と実際←少し丸山眞男風に

学校は、一定の施設設備があって、そこに教えるべき任に当たる教員と、学ぶべき児童生徒学生とがあればよい。 これが学校の姿である。だから学校は、どこも似たようなものだと言えるかもしれない。 しかし、実際は千差万別で、一つとして同じ環境はない。 さ…

私立高校、授業料の無償化。高い月謝は、大学の無能な教員の餌代となる。

今でも大学は、およそ教育とは思えない遊園地のままのくせに、相変わらず暴利を貪っている。 大学経営者や大学教職員は高給を得て、学費のために、親や学生が苦しんでいることなど、どこ吹く風である。 私立高校はしかし、公立なみに、ほとんどただ同然の月…

子育ては最低の投資なのか。教育は最悪の投資であるか。コンビニ学校、大学、新学部学科の増設。

子供の数は減りつつあるのに、あちらでもこちらでも学校をどんどんつくっている。 学校の数が増えているというより、今ある学校の規模を拡大しているようだ。 競って、校舎の新築増築、新学部学科の増設である。傍から見ていて、気味が悪い。 どうせ、ろくな…

他人の頭で考えるばかり。教育政策を空気だけで決める文科省と、取り巻きの大学教員、マスコミNHKら。

教育政策を空気だけで決める愚かな文科省及び取り巻きの大学教員ならびにマスコミNHKら。 と、こう書くと、何だか、不穏だろうが、しかし考えても見るがいい。 先の大戦の発端になったのは、結局のところ、新聞と私たち国民の雰囲気、空気である。 日本国…

現代国語の教科書は、駄文の集まりである。入試問題は、出題者のレベルに合わせて、解答してやればいい。

教科書、特に国語や社会の教科書がお粗末至極であることは以前話したが、社会科の教科書はいずれまた述べよう。 国語教科書に、小中高等学校と、ろくなものがない。大学の自称「教科書」は論ずるに及ばない。あれは資源の無駄である。 さて、どう粗末なのか…

アクティブラーニングとやらは、予算分捕りの方便である。学生や生徒も、ツイッターもどきの意見発表ピコピコで楽しげである。

アクティブラーニングなるものが流行っていて、大学から小学校まで大騒ぎである。 「経験から学ぶ」なんて、美辞麗句を連ねても、なーに、不勉強な生徒や学生に、なんとか勉強していただこうという魂胆である。 勉強しない奴は放っておけばいい、後の人生で…

道徳も宗教も、哲学もない日本の教育。占領されて潰されて消えていく時、どうする。

日本の教育に芯がないことは、誰でもが気付いていることだろう。 寄って立つ教育哲学がない。 あるのは、教えることや学ぶことの実益の「ような」ものだけである。 学校で教えている「道徳」は、常識の幼稚な例示に過ぎない。「人間だもの」の類である。 よ…