ぱるるの教育批評

教育、受験、学校その他あれこれ

英語を国語とする。名文家、土居健郎中井久夫そして一葉。ですます調の怪。

かつて文章は「である、だ」の、いわゆる常体で書くものだった。「です、ます」の、いわゆる敬体は、日常の会話で使うもので、または手紙に書くもので、文章らしい文章は、常体で書いたり読んだりするのが、「常態」だった。それがどうだろう、近頃は、学術…

大学の授業参観。すべての授業を、一般公開せよ。無能大学教員の駆逐。

かつて読んだものの中に、忠臣蔵の刃傷沙汰の若殿を評して、うかうかと齢を経て云々とあった。年齢は、うかうかと取るものである。それ以外に取りようがない。また、沖の干潟を見て潮の満を知るのではない、我が足下を見れば、水は、すでにそこに迫っている…

長すぎる学校生活。授業の押し売りは、のっぺりと従順な国民の量産に最適だろうか。

体育や美術などの実技系の授業によくみられることだが、実際に子供が活動することが授業の眼目であるはずなのに、なかなか子供の動きがみられない。子供を動かさない、子供の動きを封じてしまっている授業がよくある。指導者が、授業の体裁を取り繕うために…

教員の離婚はよせ。離婚や再婚は癖になる。離婚経験者は信用できない。

教員の離婚はよすがいい。離婚が癖になる。離婚経験者を信用してはいけない。なんていうと、離婚経験者から、憎まれそうだ。赤の他人が何を言うか、であろう。人皆いろいろ事情がある。だからこそ、離婚したのだろうし、再婚したり、しなかったりするのだろ…

「IT"それ"が見えたら、終わり」はchumshipの話。子供は自分の死に恐怖して、諦めて、そして大人になる。

2017年版、映画『IT/イット』は、それなりにヒットしたらしく、年明けの2018年1月も、全国諸所で公開されている。相変わらずのキング節で、楽しむことができた。この映画には、兄弟殺し、尊属殺、母親の息子への固着、近親姦、中学生の過度のイジメ、サリヴ…

他人から先生と呼ばれる仕事がいいのか。独身教員の結婚。

これは女性の仕事、あれは男性の仕事というように、職業を区別すると、ジェンダー論者から叱られそうだが、女性の仕事の中で、教員職は、男性以上に満足感が大きいようである。独身を長く続けると、日毎に幸せ感が薄くなる。逆に、既婚者は年齢とともに、幸…

甘える大学図書館。文庫本をスタバで読むのがカッコいい。

某大学図書館のロビーに、年に数回、棚が設置せられ、「ご自由にお持ちかえりください」の札とともに、本が数十冊並ぶ。本好きの学生なら、喜んで持ち帰ってよさそうなものだが、一向に減らない。やがて一週間もすると、棚は撤去された。棚卸というのかどう…

美しい日本語を話すことは、時代遅れである。他人の意見を遮る「討論番組」の芸人たち。

あのNHK等のテレビ放送。そこから聞こえてくる日本語の卑しさ、不快、劣悪にして唾棄すべき音声、言い回しのごみ溜め。ゆっくりしゃべると、内容空疎で出鱈目なことが、ばれてしまうからだろう。口角泡を立てて慌ててしゃべり続ける。煩い。やかましい。下品…

女子学生に手を出して、自殺させても知らんぷり。ごく潰し大学教員の「見立て」。

小中学校の教員は、子供の発信する兆候を見逃すまいとする自覚がある。高校や大学の教員は、子供の変化に鈍感である。変化を見抜いて対処することは、教員の仕事の肝要である。医者でいえば、見立てである。見立てが優れていなければ、一人前とはいえない。…

NHK等マスコミ関係者の教養のなさ、問題意識の薄さ、自己欺瞞、軽率、痴呆の理由は、まさか、学校教育にあるのか?

常々疑問に思うことがある。日本のマスコミ関係者の、度を越した無教養、意気地なし、無節操、無定見、ひとりよがりの傲慢は、いったい、どこから生まれるのだろうか。私たちは、ネットや他の媒体を通じて、世界のマスコミを目にすることができる。公開情報…

学校は危険がいっぱい。精神障害を疑うほどの荒れた子供を、許してはならない。

子供が荒れるのは、すべて理由があるが、その荒れがあまりにひどい時は、精神障害の可能性がある。しかし、親は学校の指摘を、信じないし信じたくないから、然るべき機関の診断を受けさせない。学校は、教室で「軽い傷害事件」があるくらいでは、驚くべきこ…

NHK受信料 最高裁判決は、NHKの終わりの始まりなのか。放送法の全面改定。

NHK職員は、仕事内容に不釣り合いな高額給料を得ている。職員の採用条件や基準が曖昧で、人種年齢構成や給与体系を明らかにしていない。他ではありえない特別待遇である。一昔前までは、クーデターを起こした軍部は、まず放送局を占拠した。そこから、国民に…

平和教育とは何ぞや。中国人と瓜二つ、アメリカは遠い。

平和教育というモノが、学校現場で、一時、パンデミック、大量伝染病のように流行った。平和教育は、「非武装中立」「憲法9条を守れ」「アメリカ軍出て行け」というお題目を唱える。目的は日本の共産化であり、コミンテルンの作戦に従ったのである。教育関係…

荒れた学校、保身の校長、甘える家庭。それぞれ不幸。

学校は、施設設備と、教員と、児童生徒学生等の子供とで成り立つ。これが学校の姿である。だから学校は、どこも似たようなものだと言えるかもしれない。しかし、実際は千差万別で、一つとして同じではない。X校は、子供が荒れていた。荒れの原因は、親の生活…

女教師の憂鬱。美男美女の教室。独身生活も、また愉しからずや。

人は、幸福には鈍感になるが、不幸には鋭敏になる。体調の良いときは、健康を意識しないで、病気になって健康のありがたさを感じることと同じである。いかにも独り身は孤独である。孤独は辛いとされている。しかし、結婚し夫婦となり子育てをすることとを比…

独身者の悲しみ、あるいは、教員の子供は勉強がよくできるという噂について。

いつも他人の子供の面倒を見ている教員も、人の子であり、親である。子供を持てば、他人の子供と比較する。教員は、この傾向が強い。他人の子供、中でもとびきり出来の良い子供と、自分の子供とを比較する。声には出さないが、内心で比べて、安堵したり、悲…

自分を見せたいのはみんな同じ。教員の執念、テレビタレントの害悪。スマホをピコピコ。

夏休みは、子供は学校に行かない。ならば、こちらから出向いてやる、とばかりに、「学級だより」のプリントを、夏休み中、毎朝、届けてくる教員がいた。雨の日も風の日も、自転車で学級の子供たち全員の家のポストに投函してくる。その執念恐るべし。肝心の…

高校教員が人材不足。そこの君、大手企業や銀行や商社を蹴って、高校教員になってくれないか。

人は常に批判にさらされていなければ、だめになる存在である。権力は必ず腐敗するというが、自分に酔ってやがて腐るのは、何も政治家や独裁者ばかりではない。並の教員も、並以上または以下の教員も、第三者からの厳しいチェックが入らなければ、向上しない…

お粗末な大学教員は、学生に唾を吐いて意地悪をする。日本の学生は、過激志向と無縁な、良い子たちである。

欧州や米国のように、日本にも、若い世代に過激志向が広まっている。というのは、真っ赤な嘘で、日本の若者は、過激思考を志向しない。これは、良いことか。然り、極めて望ましく良いことである。現状への不平不満の鬱積とその爆発とが、過激化の栄養である…

高校教員の授業が、お粗末すぎる。大学教員は、授業ができない。公開しなければ、先は地獄のみ。

高校の授業は、小中学校のそれに比べると、お粗末である。高校教員は、「授業」を知らない者が多い。子供の習得能力を無視して、自分流と言えば恰好がいいが、つまりは教員としての授業力が全然身についていない。これは結局、当該教員の授業の細かい点を、…

ニュースコメンテーターや政治教育等評論家は、卑しいテレビ芸人である。マスコミを妄信する国民には、そのレベルの指導者がお似合い。

市民なりの政治、国民なりの指導者、という言葉がある。政治家を批判し政府を非難し、為政者を馬鹿にしたつもりになっても、無駄である。あんな連中が議員であるのは、選挙民がそのレベルだからだ。議員も、国民のひとりである。国民以上の「政治家」がいる…

パンツを、はいていただけませんでしょうか。教員は素晴らしくローコストで、ハイリターン。

公営の温水プールで、こんなことを見た。日曜日の午後、プールの更衣室に、小学校高学年の男の子とその父親とが入ってきた。空いたロッカーは、少なかった。子供は、気が急いている。着替えるのが早い。父親は、壁ひとつ隔てた反対側のロッカーを見つけたら…

「読み書き計算」が学力の中身である。失敗ばかりする学習指導要領。

学校は、学力をつけるところであると、誰でもが思う。ところが、学力の中身が、今ひとつはっきりしない。学力とは何か。その人に身についた学習結果のことである。では、義務教育期間での、学習とは何か。段階的に基礎的知識を学ぶことである。すると、学力…

小学6年生の学級担任は、子供の人生を変える。「当たり」の教員を探して転校し続けても無駄である。

小学校の6年生の担任の影響は大きい。小学校に通う6年間のうち、6年生の時だけが特別ではない、と言えばわかりやすいだろうが、そうではない。1年生から5年生までどんなにひどい状況であっても、6年生の時の担任の力で、立ち直らせることできるからである。…

子供ごときに振り回されるな。荒れる中学校と元気のない教員。

学校に元気がない。特に中学校は落ち込んでいる。教員が自信を持って子どもに接していない。原因の一つは、学校の教育方針が揺れていることにある。本を正せば、教育に、芯がないからである。戦後、教育の芯がなくなり、その場その場で、ふわふわと流されて…

エリック・ロメール、友達の恋人。話さないことは、いないこと。論理教育と言葉。

読書力、と仮に名付けようか。自分の判断で良書を選び、読んで内容を理解できる、というほどのことである。漫画や流行本や、三日後には忘れられるような雑文の類は、良書とはいわない。十年二十年百年千年残る名文で綴られた本を良書という。ほとんどの教科…

ファカルティ・ディベロップメント、マネジメント、ごっこ遊びは、いい加減にしておけ。教員は、贔屓と馴染みと保身が大切。

あいつは憎めない奴だという。先輩上司から、何かしら目をかけられやすいタイプがいる。そこに「引き」が生まれ、贔屓が生まれる。贔屓は人の常である。贔屓されるような何ものかを自分が持っていなければ、他人にそれを見つけようとする。贔屓の種を探す努…

油断のならない保護者。力不足の教員は、淘汰されるか。担任教員への手紙。

以下は、児童の保護者が、担任教員へ出した手紙である。不勉強で教授技量の不足する教員たちは、淘汰されることになるかもしれない。 ーーーー前略いつもお世話になっています。さて、二三気づきがございますので、ご参考までに。五年生二学期ともなれば、小…

修学旅行中の子供の死亡。教員の責任はどうなる。入浴溺死と監督体制の問題。

テレビ新聞等のマスコミは、質の悪い商売である。次から次へと話題を探し回り、打ち上げては音の消えない前に、次の花火に点火する。さて、もうお忘れのことと思うが、広島の観光地のホテルで、修学旅行中の小学生が、入浴中に溺死するという事件があった。…

教員採用試験は楽勝でも、教員になるのは難しい。笑いのある授業。

「速度」が良い授業の条件だ、と以前に書いたと思うが、速度とともに必要なものは笑いである。授業には笑いがなければならない。この意味では、女性教員の過半数は問題だ(性差別ととってもらっては困る)。彼女らはまじめだが、それだけに四角四面で、笑い…